人類の挑戦として捉えるアクセシビリティ
目次
アクセシビリティは人類に与えられた挑戦なのではないか、という捉え方について書いていく。
人類は、言語や文化、身体的特徴、性格、生活環境など、多様性を持って1つの世界で共存している。こんな多様な世界で世界中の人たちと繋がることができているのは、世界をアクセシブルにしてきた歴史があるからである。例えば外交や翻訳技術の発展、飛行機など交通手段の発明、インターネットの発展、支援技術の開発などが挙げられる。これらは情報や社会へのアクセスのしやすさを向上させているという点で、広義のアクセシビリティを向上させた活動と言っていいだろう。
アリストテレスが言ったとされている「人間は社会的動物である」という言葉があるらしい。どうやら本当はそんなことは言っていないらしいが、あながち間違いではないと思うので、これをそのままの意味で捉えることにすると、人類がこの世界で生きる上で社会的活動は必須であり、社会へのアクセシビリティが必須ということになる。よって、社会への最低限のアクセシビリティが確保されていない状態というのはあってはならないということになる。
しかし、当然まだ情報や社会にアクセスすることが困難な人たちはたくさんいるし、日常生活の中ではアクセス可能であると思っている人でも特定の状況においては困難になることだってある。これらを踏まえ、「全人類が完全にアクセシブルな世界を作る」というのが、今までの歴史やこれからの歴史における人類に与えられた挑戦ではないのかと考えている。
障害には「医学モデル」と「社会モデル」がある。詳しくは他の人の記事を参照してほしいが、個人の状態に障害・問題があるとしているのが「医学モデル」、個人ではなくて社会に障害・問題があるとしているのが「社会モデル」である。今回の考え方は社会モデルに基づくものであり、問題を抱える個々人がそれぞれで自分の問題を解消してアクセシブルな世界を作っていくのではなく、社会全体としてアクセシブルな世界を作っていくべき、ということである。
会社の採用における「チャレンジド採用」というものがある。これは英語で「障害者」を表す言葉である”challenged”や”physically challenged”, “mentally challenged”などを由来としている。これらは「障害を持っていることによって、様々なことに挑戦する機会を与えられている『個人』」という意味でポジティブに障害者を指すときに使われる言葉で、“handicapped”や”disabled”などのネガティブな意味の言葉の代わりに使われる。しかし前述の障害の社会モデルで考えると、これは「個人」の”challenge”だけでなく、「社会全体」として全ての人が社会にアクセス可能にするための”challenge”をする機会を与えられているという捉え方もできると思う。
そんな人類に与えられた挑戦に、Webアクセシビリティやその他の何らかの形で関わることができるというのは非常に魅力的なことだし、意義のあることだと思う。